アイデアは変遷するものー新商品開発に煮詰まったら……
2022.07.12
新商品開発の際、企画に煮詰まることはないでしょうか。
企画が当初のアイデアからどんどん変化していくことはよくあります。
企画が煮詰まったら、そのアイデアに執着するより、むしろ変化・変遷させていく方がベターです。
今回は私自身の体験談として「聴診音のAI診断支援」という企画を例に、アイデアがどのように変化していったのかを実例としてご紹介したいと思います。
目次
■ 実例 ー 企画のはじめの一歩
2016年、私が所属していたB2B事業部門ではいろいろな分野にサービス事業を立ち上げる一大プロジェクトに取り組んでいました。
企業、大学、スポーツ、スタジアムなど、いくつかの分野にリーダーがアサインされ、私は医療分野でのサービス事業の立ち上げを任されることに。
医療分野など全くの初めてで、しかもサービス事業です。インターネットや書籍で調べようにも何を調べてよいのかすら分からない状態でした。面白そうではあるけれど、正直これは困りました。
さて、何から手を付けるか?
迷ってる時間もなく、次のように進めていきました。
1. 医療有識者へのヒアリング
ソニーには医療向けカメラやレコーダー、モニターなどを扱っているメディカル部門が別にあったので、医療界の課題やソニーの現ビジネス、医療分野での事業の進め方、何かできそうなことなど、その部門の有識者にとにかくいろいろヒアリングする。
2. 映像・音声技術の洗い出し
並行して、技術部門、研究部門に出向き、映像や音声を中心に、すぐに使える技術から開発中のものまで、社内の技術や強みを洗い出す。
3. アイデア出しブレインストーミング
1、2 を元にチームでブレインストーミングを実施する。
ブレインストーミングはまずは質より量です。
とにかく数多く出したアイデアの中から、最終的に現実的そうなもの10個くらいをピックアップし、話のキッカケや材料になるようにまとめます。
この3点を終えてから、外部へのヒアリングを行います。
なぜ、最初から外部ヒアリングをしないのかとお思いの方もいらっしゃるでしょう。
ケースバイケースではありますが、まったくのゼロベースの状態だと、たとえヒアリングしても相手は何を話してよいのか分からないものです。
また、話が全く関係のない方向にいってしまうのを避けることもできます。
そのため、上記の3点を終えてから、メディカル部門から紹介してもらった病院、医師、その他医療関係の方々にヒアリングにまわりました。
■ アイデア変遷 展開① ー ヒアリングからの発想 ー
まずはヒアリングを開始します。
医療業界の課題、将来どうなるといいのか、ソニーへの期待など、いろいろ伺います。
そのうえで我々のアイデアを見ていただき、ああでもないこうでもないとディスカッションが始まりました。
ここで重要な点はー
いきなり自分たちのアイデアを見せてしまわない
ということです。
アイデアそのものから入るとそのアイデアの良し悪しの議論になってしまうからです。
この段階ではアイデアそのものよりも、自由に話していただき、そこからヒントを見つけにいきます。
20回以上、外部ヒアリングをしたでしょうか。
そこからブラッシュアップし、アイデアを3つに絞って再び持って行きました。
その中のひとつが、「手術映像の管理・配信システム」でした。
私は以前に映像配信システムソリューション事業の経験があり、それを元にしたアイデアです。
手術映像は、研修医さんのトレーニングにも有効なのですが、個人を特定できてしまうなど、非常に高い個人情報のセキュリティが要求されるため、有効に活用できていないという課題がありました。
また高解像度映像が求められますが、そうなるとデータが重くなりハンドリングがたいへんになります。それを解決するソリューションです。
ただ、ビジネスアイデアとしてはよいのですが、「今一つ面白みに欠けるなぁ」という印象。
この些細なひっかかりーこれも大切なポイントです。
更なるアイデアを生み出す原動力になります。
■ アイデア変遷 展開② ー 課題の追加・見直し ー
そこで、これをもとにもう一歩面白くできないかとさらに医療関係者や有識者にヒアリングにまわりました。
そのヒアリングの中で、あるドクターがこぼされた一言が、課題の見直し、アイデアの変化につながりました。
「 白神さん、手術映像の共有も大事なんだけど、経験の浅いドクターや研修医の中には、聴診器の音がしっかり聴きとれない人もいるんだよね。」と。
聞けば、医師国家試験での聴診音試験は実際の音での試験ではなく、テキスト擬音語での試験なのだそうです。そのため、若いドクターは聴診のトレーニングを医師になってから実際の現場で積むしかないとのこと。
また若いドクターを指導する立場のベテランドクターは、耳が遠くなって指導がままならないという状況もあるそうです。
聴診はいろいろな病気を早期に発見するための重要な診断材料のひとつ。
そこで、聴診音の共有、トレーニング支援を事業化できないかという企画構想をまとめ、それをまたヒアリングしました。
アイデアがだいぶ変遷してきましたね。
■ アイデア変遷 展開③ ー ビジネス性の追求 ー
さて、ここまでの企画構想は悪くはないけれど、
ちょっとインパクトに欠ける=ビジネス性はあまりなさそう
こういった状態でしょうか。
そんな中、エンジニアから「AIで解析できるんじゃないの」とのアイデアが出ました。
「これは面白い。」と一致団結。
ただし、診断自体はドクターが行う必要があるため、「聴診音のAI診断支援」という構想にまとめることになりました。
この構想で再び、外部ヒアリングを行ったところ、心臓の弁膜症の早期発見に聴診音が有効ということも分かり、まずはこの弁膜症早期発見に絞った企画に練り直します。
さらに調査をしていくと、すでによく似た構想を始めている例もあることが分かったため、詳細はここでは触れませんが、少し違うアプローチにして、独自性のある企画にまとめていきました。
このような形で商品開発のアイデアが変遷していきました。
いかがでしょうか?
「アイデアは、育てるもの」です。
画期的なアイデアがすぐに見つかることはなかなかありません。
はじめのアイデアがそのまま商品となっていくことはむしろ珍しいです。
まずはアイデアの種を見つけて、想定顧客や現場の関係者へのヒアリングを重ねて、形を変えながら育てていくことが、有効で確実な方法です。
アイデアは変遷していきます。
ご紹介したこの企画は、残念ながらソニーは最終的に手を引く形となり、パートナー企業に引き継いだのですが、アイデアの形が変わりながら企画が進んでいったよい事例といえます。
私自身もとても勉強になりました。
■ 最後に
後日談ですが、その後この企画はドクターだけでなく、聴診器メーカー、医療機器メーカーなども巻き込んだ一大プロジェクトへと発展していきます。
ただ、とても残念なことに、KOL(Key Opinion Leader)医師が30人の協力ドクターを集めて研究会をつくるという契約の準備まで進んだところで、ソニーB2Bは映像に特化していくという中期戦略方針を定めたため、このプロジェクトの推進はパートナー企業に移管となり、その後フェイドアウトとなりました。
私の企画のパワー不足も一つの要因で、ご期待頂いたドクターやパートナーにはご迷惑をかける形となってしまいました。
私がちょうど50歳になるときで、このときの残念さや悔しさが、今の商品開発支援の仕事につながっているところも大きいと思っています。
みなさんにも私の体験談を今後もシェアすることで、より良い商品開発の支援ができればと思っています。
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